作家主義 ホン・サンス

過去の上映作品
[上映日程]6/26~7/9(休映:6/28、7/5)

“ この哀しみも愛おしさも ”

韓国映画に新しい時代を創造した2作品
「カンウォンドのチカラ」「オー!スジョン」初期の名作連続上映

映画という芸術の最先端を走り続ける名匠ホン・サンス監督の初期名作「カンウォンドのチカラ」(98)と「オー!スジョン」(00)が連続上映される。

60年代にジャン=リュック・ゴダールが、80年代にヴィム・ヴェンダースが、90年代にウォン・カーウァイがいたように、00年代以降の映画はホン・サンスによって更新され続けている。96年のデビュー作「豚が井戸に落ちた日」以来、韓国のみならず、有名映画祭を中心に世界中を驚かせてきた彼は、「反復」と「差異」に特徴付けられる独自の映画話法を使ってストーリーテリングの呪縛から軽やかに逃れ、人間という哀しくも愛おしい生き物の素顔を、乾いたユーモアを交えて描き続けてきた。その作品は、年を追うごとに深みを増し、昨年の「逃げた女」に続き、最新作「Introduction(原題)」も、ベルリン国際映画祭で受賞(銀熊賞/最優秀脚本賞)を選ばれた。

そんなホン・サンス監督の初期名作である「カンウォンドのチカラ」(98)と「オー!スジョン」(00)は、韓国映画の新しい時代を創造した革新的な作品であると同時に、「ホン・サンスがいつホン・サンスとなったのか」が刻印された貴重な2本だ。

公開当時にホン・サンス監督が「私たち自身をもう一度見つめるような映画が作りたかった。同時にそれが“写実的な”映画になってしまうのは嫌だった」と語った「カンウォンドのチカラ」は、友人と共に観光地として知られる江原道(カンウォンド)を訪れた女性の大学生の行動を見守る前半と、同じ場所を同じ時期に訪れていた男性の大学教師が登場する後半とに分かれている。映画が進んでいくうちに、2人が別れて間もない恋人同士であったことが次第に明らかになるこの映画からは、同じ時間を過ごしながらも決定的に違う風景を見ることしかできない人間という存在の虚しさが伝わる。一方、出会いから初めての一夜までの過程を、男女それぞれの視点から描く「オー!スジョン」では、冬のソウルをとらえた美しいモノクロ映像の中で、それぞれの欲望によって微妙に歪められた記憶の物語が綴られていく。この作品の韓国公開から5年後に惜しくも世を去った女優イ・ウンジュが、前半と後半でまったく違って見える女性スジョンを見事に演じ分けている。

世界を魅了し続ける映画作家ホン・サンスの25年におよぶ旅の始まりを目撃することは、彼の芸術性を再発見する絶好の機会となるだろう。

◎公式サイト:apeople.world/test/hongsangsoo


 

『カンウォンドのチカラ』
[1998年/韓国/109分]
監督・脚本:ホン・サンス
出演:オ・ユノン、ペク・チョンハク
原題 강원도의 힘 The Power of Kangwon Province
©MIRACIN ENTERTAINMENT CO.LTD

第3回 釜山国際映画祭 NETPAC賞(1998年)
第19回 韓国青龍映画祭 監督賞、脚本賞(1998年)

ホン・サンスの原点
ただどうしようもなく誰かを求めてしまう、女と男

[解説]
ホン・サンス監督の長篇第2作で、カンヌ国際映画祭ある視点部門に出品された。小説を原作としてデビュー作「豚が井戸に落ちた日」と違い、自らの着想から始まったオリジナル作品というという点でも、現在に至るホン・サンス映画の原点と言える作品。同じ時に同じ場所を訪れていながらまったく出会うことのない元恋人同士が経験する、似ているようで微妙に違う出来事と心の変化を2部形式でディテール豊かに見せるという構成が見るものを驚かせ、韓国で最も権威のある映画賞と言われる青龍映画賞で監督賞と脚本賞の2冠に輝いた。ホン・サンスの冷徹なカメラの前で、頭で考えるのではなく、ただどうしようもなく誰かを求めてしまう女と男を自然体で演じたのは、本作で映画デビューを果たした「秘蜜」(04)のオ・ユノンと「私の頭の中の消しゴム」(04)のペク・チョンハク。

[あらすじ]
友人たちと共に、自然豊かな江原道(カンウォンド)へと遊びにきた大学生イ・ジスク。雪岳(ソラク)山のふもとで宿を探していた彼女たちは、親切な警察官と出会い、一緒に酒を飲む。妻帯者と付き合っていたことを友人に指摘された後、泥酔したジスクは警察官に介抱され、詰所でひと時を過ごす。それからしばらくして、ジスクは再び彼に会うため、江原道を訪ねる。一方、教え子であるジスクと別れたばかりの大学講師チョ・サングォンは、後輩に誘われ、江原道へとやってくる。食堂で目を止めた美しい女性に声をかけるもうまくいかなかった彼らは、夜、飲みに出かけた店で働く女性たちを連れて、ホテルへと戻る。翌日、飛行機に乗り損ねたサングォンは、時間潰しのために訪れた寺で、ジスクの痕跡を発見する。


 

『オー!スジョン』
[2000年/韓国/126分]
監督・脚本:ホン・サンス
出演:イ・ウンジュ、チョン・ボソク、ムン・ソングン
原題 오!수정 Virgin Stripped Bare by Her Bachelors
©MIRACIN ENTERTAINMENT CO.LTD

第45回 アジア太平洋映画祭 脚本賞(2000年)
第13回 東京国際映画祭 審査委員特別賞(2000年)
第38回 大鐘賞 映画祭 新人俳優賞(2000年)

モノクロで描かれる、男と女の記憶
女優、イ・ウンジュの傑出した1本

[解説]
ホン・サンス監督の長篇第3作で、前作「カンウォンドのチカラ」に続き、カンヌ国際映画祭ある視点部門に出品された。男女それぞれの記憶をもとに出会いからセックスへと至るまでの心情と行動が美しいモノクロ映像で描かれていく。16の章に分かれたエピソードが、ドライかつリズミカルに積み重なり、欲望に忠実な人間たちの姿が徐々に浮かび上がる。男性から見たスジョンと、自分の記憶の中のスジョンを前後半で演じ分けたのは当時20歳だった「ブラザーフッド」(04)のイ・ウンジュ。05年に亡くなった彼女のフィルモグラフィの中でも、傑出した1本となっている。ジェフンを「妻の恋人に会う」(07)のチョン・ボソク、ヨンスを「夜の浜辺でひとり」(17)など、ホン・サンス作品ではお馴染みのムン・ソングンが演じている。

[あらすじ]
ホテルの部屋で恋人であるヤン・スジョンを待っているキム・ジェフン。画廊を経営する彼は、テレビ番組のディレクターで、先輩でもあるクォン・ヨンスと一緒に展覧会を訪れた構成作家のスジョンと出会い、恋に落ちたのだった。酒を飲んだ後にスジョンから「お酒を飲む時だけ恋人になりましょうか?」と言われ、交際を始めたジェフン。スジョンとセックスをしようとしたジェフンは「初めてなの」という言葉を聞き、彼女が心を決める日を待っていた。一方、ジェフンからの電話を自宅で受けたスジョンも、2人のこれまでを振り返る。ジェフンと会った当時、スジョンは妻帯者であるヨンスとの苦しい恋愛の最中で、優しくスマートなジェフンに彼とは違う魅力を感じていた。


 

ホン・サンス
1961年10月25日、ソウル生まれ。中央大学演劇映画学科で学んだ後、カリフォルニア芸術工科大学で美術学士号(BFA)、シカゴ芸術学院で美術修士号(MFA)を取得。留学中に数本の短篇映画を監督した。フランスに立ち寄り、多くの映画を見た後に帰国。ディレクーとしてテレビ番組を手がけた後、96年に「豚が井戸に落ちた日」で長篇デビュー。同作はロッテルダム国際映画祭でタイガー・アワード(最高賞)ほか、国内外の多くの映画賞を受賞した。97年から02年にかけては韓国芸術総合大学映像院映画科の教授を務めている。「カンウォンドのチカラ」(98)、「オー!スジョン」(00)がカンヌ国際映画祭ある視点部門に出品された後の03年2月には、初期3作品がフランス全土で同時公開され「世界の映画界が注目すべき監督」として、早くも紹介された。
「女は男の未来だ」(04)と「映画館の恋」(05)がカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されて以降は、主要国際映画祭の常連となり、「ハハハ」(10)がカンヌ国際映画祭ある視点部門のグランプリ、「ソニはご機嫌ななめ」(13)がロカルノ国際映画祭監督賞、「自由が丘で」(14)がナント三大陸映画祭金の気球賞(グランプリ)、「正しい日 間違えた日」(15)がロカルノ国際映画祭金豹賞(グランプリ)、主演男優賞(チョン・ジェヨン)、「あなた自身とあなたのこと」(16)がサン・セバスティアン国際映画祭シルバー・シェル(監督賞)、「夜の浜辺でひとり」(17)がベルリン国際映画祭銀熊賞(主演女優賞/キム・ミニ)、「逃げた女」(20)がベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)、「INTRODUCTION」(21)がベルリン国際映画祭銀熊賞(脚本賞)を受賞。絶え間ない創作活動と、作品ごとに見せる新たな試みを続ける、世界でも稀有な監督としての地位は揺るぎないものとなっている。「3人のアンヌ」(12)、「クレアのカメラ」(17)でフランスの名優イザベル・ユペール、「自由が丘で」で加瀬亮と、海外の俳優とのコラボレーションでも成果を残している。
15年の「正しい日 間違えた日」で初めて組んだ俳優キム・ミニとは、公私共にパートナーとして知られ、「夜の浜辺でひとり」の韓国公開を控えた17年の記者会見でホン・サンス監督自ら恋愛関係にあることを認めた。監督と配偶者との離婚をめぐる訴訟は19年に棄却されたが、その後も、2人は共に作品を作り続けている。

 

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