3月の PICK UP MOVIE !『占領都市』

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都市に刻まれた歴史 悪夢を希望へとつなぐ

 自分が住む街に刻まれた歴史を、人々は日々どのように感じているのか? 悲惨な出来事があったならばよけいに、人々はそれにまつわる苦悩や憎悪を何とか克服したいと思うだろう。だがそれは可能なのだろうか?
 オランダの首都アムステルダムは、運河が網の目状に流れている美しい街だ。けれどもここには、第⼆次世界⼤戦中の1940年5⽉から5年間、ナチス・ドイツの占領下におかれた過去がある。その時期、人々は人権も自由も奪われていた。そればかりか多数のユダヤ人、ロマ、抵抗運動者やその他の10万を超える人が虐殺された。
 イギリス出身の監督スティーヴ・マックイーンは、アムステルダムで暮らすようになると、占領時期の出来事を意識せずにはいられなかった。というのもこの街には当時の建物がそのまま残っていて、過去が物理的にもすぐそこにあるからだ。
 監督の妻ビアンカは、アムステルダムで生まれ育った歴史学者だ。子供時代から史跡に囲まれていたが、占領期に多数の虐殺がどのように進められ、それに対する抵抗運動はどこでどう行われたかなど、具体的な細部は分からぬままであることに気づいた。そこで調査を進めて、2千以上の場所で起きた具体的な出来事を本にまとめた。それがこの映画の原作になっている。しかも彼女が執筆中だった2005年に、監督はすでに映画化を考え始めていたという。長い熟慮の上で作られたこの作品の手法は、きわめて斬新で効果的だ。
 過去のアーカイブや体験者のインタビューなどは一切使われていない。カメラはアムステルダムの130もの場所を訪れる。そして占領期にそこで起きた事柄が、淡々とした口調で簡潔に語られる。内容は、ビアンカが詳細に調べ上げた事実だ。語りの内容に反して、映像は美しい。撮影にはあえて35ミリフィルムを使い、フィルムを無駄にしないために、その場で起きている事柄や雰囲気をとらえようと感覚を研ぎ澄ました。画面には、日常的な風景もあれば、コロナ禍、人種差別、地球温暖化、同性婚、ウクライナ難民から法輪功まで、現在の事象を網羅したかのような光景が映し出される。さらには占領期以前の植民地主義や奴隷制の問題まで掘り起こされる。それらを追っていくうちに、私たちが生きる現在もまた危うい時代なのだとの思いが湧いてくる。
 現在の有様を目で見ながら、過去の出来事を耳から聞く。人間の愚かさに心は揺らぎ、けれど今いる人間の風情にも心惹かれる。監督はこれだけの濃密な現在の世相を、そして占領時代を生きた人のたくさんの物語を繰り広げて、何を語ろうとしたのだろうか。計算しつくされた構成で現れる画面を追い、その場所の来歴を聞くうちに、観る者は深い思考へと導かれる。稀に見る大作だと思う。

田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。

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3月の PICK UP MOVIE !「都市に刻まれた歴史 悪夢を希望へとつなぐ」

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『占領都市』

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