2月の PICK UP MOVIE ! 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
人権を求める 心の叫び
マレーシアの首都クアラルンプール。華やかな近代都市との印象が強いが、本作はその一角にあるスラムに暮らす兄弟の物語だ。
兄アバンは、生鮮食品の市場で野菜を運んだり鶏をさばいたりの下働きをしている。カメラは市場の猥雑さ、活気、生活感を非常にうまくとらえている。アバンは、約束した賃金をもらえなくても文句も言えない。耳が聞こえず手話で会話するからだが、実はもっと深刻な理由がある。身分証を持っていないのだ。そのため警察に不正を訴えることができないばかりか、警察による不法滞在者取り締まりを常に恐れている。にもかかわらずアバンは律儀にコツコツと働いて日々を暮らす。
一方で弟アディは、悪事に手を染めて楽に金を稼ごうとする。兄は貧しいながらも毎日きちんと夕飯を作る。弟は奔放な一日を終えて帰宅すると、兄が作り置いた夕飯を食べるという生活だ。そんな彼らの回想の断片から、二人はそれぞれ親との縁が薄く、幼いときに出会って以来、寄り添って生きてきたことが分かる。
マレーシアはマレー系、中華系、インド系などの多民族国家で、何らかの手蔓で入国した不法労働者も多い。彼らの二世三世が、とかく身分証のない住民になってしまうのだという。ジン・オング監督はこれが監督第一作だが、プロデューサーとして貧困層やLGBTQなど、困難な立場にいる人に目を向けてきた。本作でも社会の吹き溜まりで生きる人々を、温かくこまやかに描いている。なかでもアバンとアディを幼いときから見守ってきたトランスジェンダーのマニーは、ふとした仕草や表情でその苦難の人生の軌跡を見事に浮かび上がらせている。
彼らを苦境から救おうとするNGO職員もいる。彼女はアバンとアディの身分証を取得しようと力を尽くしてくれるが、思わぬ悲劇が起きてしまう。極限まで追い詰められたアバンが、不公平なこの世についに怒りをぶつけ、それでもなお弟を思いやる姿には、深い感動を呼び起こされずにはいない。
アバンを演じたのは台湾の俳優・呉慷仁(ウー・カンレン)だ。モデルもこなす風貌で俳優のキャリアもありながら、公募でこの役を手にしたという。マレーシアの風景に溶け込み爽やかな存在感を出している。この作品はアジア映画に時に見られる、娯楽性を備えつつ社会の重い課題に正面から取り組んだ秀作だといえよう。
田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。
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2月の PICK UP MOVIE ! 「人権を求める 心の叫び」
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『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
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